会津魂1

会津魂と本当の倫理・道徳「ならぬことはならぬものです」

会津磐梯山

文化は無バイアスの抽象・透明な「理性」によって人為的に設計されたのではない 
私の故郷は群馬県ですが、血潮の源流に遡行しますと、私の血の故郷は会津である訳です。外出すれば朝な夕な否が応にもが谷川岳や利根川が目に入ります。しかしこれは私にとっては、所詮、異郷の景色にすぎません。
私の心象風景には常に磐梯山と溷川があります。ここで或ることについて申し述べたいと思います。何故これを申しあげるのかと言えば、現代の倫理的難題を解決する鍵がそこにあるからです。


 些か唐突でございますが、皆様は文明・文化が同様な過程を経て、今日のような形になったと思われるでしょうか。例えば人類の文明・文化とは、草の根もないような荒野に、巨大都市をデザインし建設するが如きに、人間の理性によって合理的に建造されたのでしょうか。或いは明示化できない(合理的に概念化できない)無数の体験や歴史の蓄積に織りなされながら、非合理的な方法体系によって形状が醸成され、それが今日へと相伝され、連綿してきたのでしょうか。長い時間のなかを合理的には制御できない試行錯誤をへて斬新してきたのでしょうか。
当節では、理性に基づいた急進的な社会改革が、非常識な人間のなかで持て囃されています。古いもので言えば「共産主義」ですが、これはクリスト教の神の全知全能性の属性を人間の理性へと派生させることで発想された狂想と申せます。ここで或る言葉を引用してみましょう。

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「そのはじめ小さな城下でしかなかったのが時の経つにつれて大都会となった古い市街は、ただ一人の技師が広い野原で思うままに、井然と建設した規則正しい都会と比べてひどく不均斉なのが一般である。」(ルネ・デカルト『方法序説』)
これほど大胆に「構成主義的合理主義」(設計主義的合理主義)が表現されたことは、哲学史において従前にはなかったことです。或いは盲蛇的に。この設計主義はフリードリッヒ・ハイエクによって初めて現代の学知として定着させられた概念です。勿論、これは社会科学の分野においてのことでございまして、哲学の分野においては既にハイデガーがプラトンにその嚆矢を洞察しておりました。この設計主義的合理主義を簡単にいいますと、それは身体、無意識、伝統、歴史等から遊離する何ものにも束縛されない理性が、縦横に文明社会を設計するというものです。そして設計主義的合理主義とは理性の論理的思考の実務をもって、人間の唯一の精神活動と規定する考え方であり、理性が立案した設計をもって創造の始原とする考えかたです。ですから非理性的な思考体系や非理性的な設計物というものは、悉く捨象されてしまいます。ハイエクによればかかる考えは近代哲学の父デカルトによって、初めて鮮明な輪郭が与えられた概念です。それは何ものにも先行する精神によって直感される明晰判明な始原的な観念、そしてそこから演繹的に構成されないような判断であれば、どんな高邁なものであっても、その論理体系は棄却されなければならないとする考えかたです。そこにおいて理性は始原的観念から真理を媒介し構成する唯一の主体である訳であります。つまりいかに優れた判断であっても、明示的な理性的出で立ちをしていなければ、野蛮のクレームがつけられることになります。この理性なるものは身体、無意識、伝統、歴史から遊離する価値中立的、普遍妥当的な実体として真理を壟断する唯一のものなのです。

文化とは設計物ではなく、半自然的な生成物である
 構成主義における知識とは常に、客観的・明示的・普遍妥当的であり、誰でもその真偽を検証することができるものです。であるが故に、誰もが利用可能であり、一定の規則に盲従してさえいれば、誰にでも習得可能な知識です。したがって、この種の知識はたやすく、集中・管理され、また体系的に整合され
、利用したいときにはいつでもアクセスすることが可能です。仮にももし、我
々の文明・文化を支柱している知識が、主としてこのようなものであるとすれば、畢竟、文明社会を可能にしている知的営為が、すべてこのような形で明示化できるのであれば、文明の急進的改革に異を唱えるような正当な理由はどこにも見出すことができないことになります。そして非明示的な伝統、慣習、を尊敬する必要は、もはやどこにもありません。何故なら構成的理性で検証できない知識は全くの無価値で無能だからです。
しかしハイエクによれば構成主義的な知識論は誤りです。人間の文明・文化を可能にしている知識は、超歴史的でもなく、価値中立的でもなく、明示的でもない。そして常に命題の形で保有されている訳ではない。そのような知識はできあいの形では存在してはいないのです。そしてまた知識を所有している当人たちにさえ意識されていないものなのです。それらは人間が熟慮の上で語りうる以上のことを熟知しています。人間が成功裏におこなっている多くの事は、人間の明示的な意識よりも遥かに深層から湧出してくるものなのです。つまり我々の文明社会を運営しているのは、明示的な知識ではありません。上澄み的な知識ではなく、豊穣な伝統・慣習のなかに重層的に堆積している、高度な非明示的知識体系であるのです。つまりかかる知識が文明社会を経営している以上、我々は急進的進歩を望むことはできません。そして明示的な知識だけをもって、文明社会を運営する唯一のものであると看過するのであれば、明示知よりも優れた非明示的な知識体系を悉皆、捨象することになり、進歩どころの騒ぎではなく、退歩の一途を辿ることになるでしょう。即ち野蛮の下克上です。僅かな知力しかない人間の理性は、「偏見」という服を何枚も纏って、初めて麗しい潤沢な知徳を享受することができます。(ここでいわれている「偏見」とは、自生的な形成物である伝統・慣習であり、それに基づいた伝統知です。
)それをしてこそ人間は自らの人格を高次の次元へと参与させることができるのであります。デカルトの説く「偏見を欠く理性」は、智慧の貧困、智慧の欠略に陥るだけであります。

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例えば今日の日本に遍く浸透している進歩的概念体系は、フランス啓蒙主義を源流としています。17世紀・18世紀に繚乱した「理性」「精神」という超越的原理から社会を俯瞰した場合、つまり何者にも依存しない始原構成的・超歴史的・状況遊離的な合理的な設計機構から見た場合、伝統・慣習というものは全く無価値なものになりましょう。何故なら文化・文明の建設というものは、かつて神が無から世界を創造したように、超歴史的なスタイルで執行されねばならないのであり、天然自然にそこにあった有機的価値体系などというものは原始的でしかないからです。ですから理性の創造物ではない元々の社会にあった諸々の価値体系のなかの一つである「階級」というものも、自然に元々備わっていた「生成」と同じように、これまた無価値極まりないものとして論定されてしまいます。
我々は啓蒙主義の「理性」という大量破壊兵器が殊にフランスにおいて驕蹇を恣にし、無識の下層民を誑かし組織的な暴力装置として使い、貴族や王族を根絶したことを絶対に忘れますまい。
 そしていかなるバイアスも負荷されない抽象的理性を思想の主成分とする共産主義(社会主義)とは、フランス啓蒙主義の純後継概念です。階級秩序をすべて捨象した共産主義は、なんと背筋が凍結するような構成主義的合理主義であったことでしょう。21世紀のシーラカンスである、フェニミズム、ジェンダーフリー等は、共産主義思想(社会主義主義思想)の純後継概念です。これもまた
、いかなるバイアスも負荷されることのない抽象理性を思想の主成分にしています。これまで良識ある識者はフェニミズムをして「サブカルチャー」と看做し、まともに相手取ることは致しませんでした、しかし今度からは一端の思想として相手をしてやる必要がありそうです。これをサブカルチャーにしておいてはいけません。何故ならサブカルチャーとは、柔な概念形態であるがゆえに忽ち無識階級である無尽蔵の大衆の精神を侵略するからです。
総括致しますと、フランス啓蒙主義の識者たちは「理性教」というものを主唱し、宗教上において神だけが持つ全知全能性を、傲慢にも人間の理性(知性)へと投影し移植した訳です。この理性教を奉じる識者や権力者によって共産主義は企望(企謀)されたのですが、まさにこれらの人々は、過去の人類史を一切合財白紙にして、何もない状態から共産主義国家の建設を目指したのであります。まさにクリスト教のヤハウェ神が始めもなければ、終わりもない全くの無の状態から世界創造をしたのと同じロジック編成と言えます。彼らは政治的ヒエラルキーの存在しない、社会階級のないユートピアを築こうとしましたが
、惨憺たる結果に終ったのは記憶に古いことではありません。

進歩史観は宗教にすぎない
昨今の「ジェンダーフリー」「フェミナチズム」「脳死判断」「脳死臓器移稙
」「中絶の自己決定権」ですが、これらは「理性教」共産教の係累に属するものですから、過去の文化を切断した所に己の立ち位置を築いています。ですから将来において非常に危険な惨状を招来する可能性が濃厚と言えます。
 つまり人間の理性は文明社会を合理的に設計できる性能を持っていません。当然、人類の文明・文化の建設は、人間の行為の結果ですが、人間の行為は先天的な本能的な欲求に基づくものであり、無機質な合理挙動とは程遠いものがあります。水のように弛むことなく流れている、人類の歴史の大河には、試行
錯誤が荒れ狂い、取捨選択が錯綜してきましたが、人間の行為とはそこから徐
々に生成・発展していった伝統・慣習・ルールにコミットすることによって齎されるものです。
ですから文明社会とは、人間の理性の設計によって計画的に発展してきたものではなく、人知を遥かに超越したものに大きく依存しながら発展してゆくものなのであります。無論、人間の理性の介入、知力の干渉はゼロではありませんが、それはささやかなものであり、大きく限定されたものにならざるを得ません。人間の本質とは、高度に合理的であろう筈もなく、またそれほど賢明であろう筈もなく、寧ろ極めて非合理的な有機性に翻弄されや易いものです。誤りに陥り易いものなのであります。ですから文明のなかの人間社会とは、斬新的な発展(改良・進化)が期待されるのであって、「革命的な進化」は万が一にも望めないと言うことです。
以下に骨董的な進歩史観を掲げてみましょう。

「自然は人間の能力の完成に対して何らの限界を示さなかったこと、人間の完成は真に無限であること、この完成への進歩、これを停止しようとするすべての権力とは爾来全く関係なしに、自然がわれわれを生んだ地球が存在する限りは限界を有せざること。」(コンドルセ『人間精神進歩史 』)
これは進歩史観の典型的なドクマですが、この狂論に対する反論として以下のような極めて常識的な議論があります。


「人間の心情も頭脳も歴史的時代になっても眼に見えるほど向上はしなかったし、能力もいずれにせよ久しい前に出来上がってしまっていたのである。それ故に道徳的進歩の時代に生きているという私たちの臆断は、…略…極度に笑うべきものである。」(ブルクハルト『世界史的緒考察』)
「全体論的な意味での歴史学、つまり<社会的有機体の全体>或いは<一時代のあらゆる社会的、歴史的出来事>を明示しうる<社会の緒状態>に関する歴史学、といったものが存しうると信じるのは誤っている。」(ポパー『歴史主義の貧困』)
「歴史哲学の預言者的性格は世俗的な形態をとりうる。そのことは十九世紀におこった。カントは言う、哲学は同様にその千年王国説をもちうると。千年王国すなわち、メシア理念への信仰は、見かけ上はキリスト教と断絶した十九世紀の歴史哲学のいちじるしい特色をなしている。この歴史哲学においては、その預言者的要素は、聖アウグスティヌスやボシュエの宗教的歴史学よりもさらにきわだったものですらある。このことは、ヘーゲル、マルクス、サン=シモン、オーギュスト・コントにあてはまる。」(ベルジャーエフ『神と人間の実存的弁証法』)



人類が常に「理性」を動力部とする普遍的進歩によって牽引されているという考えを「進歩史観」と言いますが、これが今日の形で完成したのは19世紀であります。(西洋文明圏において確立されました。)しかしこの概念が提出されたのはかなり古く、上代にまで遡ることができます。が、言うまでもなくこれは科学的概念ではありません。クリスト教的終末論を近代と言う時代区分において更新しただけなのであります。つまり終末へと進むクリスト教の直線的歴史観が、近代において進歩史観として再更新されただけなのです。所謂、「世俗進学」です。マルクスの唯物史観もまた然り。ですから西洋人は近代において「理性」「科学」という知的兵器を手にしたことにより、クリスト教と言う古色蒼然たる骨董的概念体系を駆除したように考えられますが、クリスト教的世界観の時代適応的な更新にすぎなかった訳です。西洋人はクリスト教から何時まで経っても乳離れできません。西洋文明においては政教分離ということはまずありえません。政教一体が西洋社会の本質です。
上述致しましたように、フェニミズム、ジェンダーフリーは進歩史観の純後継種ですから、衣装は粉飾され当世風ですが、その内実は古びている訳です。どうやらこれらのア・フォアリズムは本当の様です。

「我々の生活に必要な思想は三千年前につきたのかもしれない。我々は唯古い薪に新しい炎を加えるだけであろう。」(芥川龍之介『河童』)
「まことに、現代の人たちよ、あなたがたはあなたがた自身の顔にまさる仮面をかぶることはできまい! あなたがたが何者なのか、誰にも――わからない!」(ニーチェ『ツァラトゥストラはこう言った』)
「あなたがたから覆面と外套と塗料と身振りを剥ぎ取ったら、あとに残るのはまさしく、あの畑にたって鳥をおどかしているもののすがただろう。」(同上)
「あなたがた、雑然と塗りたくられた者たちよ! あなたがたは、かつて信じられていたものたちの只の一切の絵なのだ!」(同上)

バブル期の日本では進歩史観は常識でした。時代、或いは文明はは常に進歩的な方向へと邁進していると誰もが考えていました。日本においては数年前までは進歩史観が常識であったわけです。しかし今の時代でも進歩史観を信仰している人は多数いるでありましょう。かかる思想の骨董品を!  

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文化は慣習を淵源としている
一昔前にこのような言葉が流行りました。「何故、人を殺してはいけないのか。」群小学者や評論家は、この問題に対して全く歯が立ちませんでした。何故立たなかったのでしょうか。それは前段で批判した知識体系と同じように、彼らもまた文化、すなわち言語・習俗・道徳・宗教・法律等が、人間の理性に基づいて人為的に設計されたものであると妄信していたからです。
しかし文化とは、フリードリッヒ・ハイエク(1899~1992)マイケル・オークショット(1901~1990)マイケル・ポランニー(1891~1976)等が示すように、「自生的」に生成されてきた訳です。ですから道徳というものも当然、理性によって人工的に設計されたものではなく、歴史の大河の中から徐々に生成・発展してきたものです。道徳とは非理性的設計機構である、伝統・慣習から半ば半自然的に生成されてきたものです。ですから合理的な解析をすることはでききません。かつて会津藩校、日新館では什の掟というものが、子供たちに教えられていました。引用致します。

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  • 年長者の言うことに背いてはなりませぬ
  • 年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ
  • 嘘言(うそ)を言ふことはなりませぬ
  • 卑怯な振舞をしてはなりませぬ
  • 弱い者をいぢめてはなりませぬ
  • 戸外で物を食べてはなりませぬ
  • 戸外で婦人(おんな)と言葉を交へてはなりませぬ
    ならぬことはならぬものです


 それにしても何故、これらのことをしてはいけないのでしょうか。
それはしてはいけないから、と答える以外にはありません。無論この言葉のなかに、合理的な意味合いを検出することはできません。しかし道徳というものが元々理性的組織によってできていない以上、合理的な説明を与えることは不可能です。道徳の始原は慣習・伝統から生成されてきたのですから。故に人を殺してはいけないから、殺してはいけないのであります。
これは論理では理解することはできませんが、情操、情緒の次元では理解できるかもしれません。ですからわびさび、四季に秘められた美感と哀感、諸行無常の侘しい調べ、生け花の陰影画のような香気、透徹する清廉な剣術 こういうものを通じて、子供たちの情操と情緒を涵養してあげることが望ましいと言えます。


補足


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ドストエフスキイの『罪と罰』は、何故人を殺してはいけないかということを一番、根源的に教諭してくれています。彼はこのことを緻密で、明晰で、崇高で、荘厳なロジックで説諭してくれます。主人公のラスコーリニコフは金貸しの老婆を殺します。ラスコーリニコフは間然するところなき理論武装して老婆を殺害します。彼の老婆、殺害の理由は十全なロジックによって組成されていました。彼は理性(新皮質)の次元において、良心を説服した訳です。彼は理性の次元において罪の意識の生成を制圧しました。しかし彼は老婆を殺害してのち連日、地獄のような良心の呵責に苛まれることになります。そして罪責の呵責に蝕まれた彼は結局、ソフィアにこのことを自白し、彼女の説得によって自首するのですが、それでは何故彼は老婆の殺害がもたらした自責の念を、彼の卓越した論理のテクニックによって超克できなかったのでしょうか。それは人間の思惟は新皮質に対応し、生理は古皮質に対応するという議論に帰趨します。つまりラスコーリニコフの荒れ狂う生理的実存を規定しようとした表層の静的思惟は、鬱勃たる生理の沸騰を制御することはできなかったのです。
また彼は何故「しらみ」にすぎない老婆の殺害がもたらす自責の念を、克定できなかったのでありましょうか。それはどんなに価値のない人間であっても、その命は尊いものであると言うことを、隠約の間に正覚したからです。
無論、この玄妙な精神性を彼に告知したのは理性ではありません。これを彼に必死に諫言したのは、理性(新皮質)と言う薄っぺらい脳の次元ではなく、人間の根源的な生理機構を司るもっと深いところから、つまり古皮質の次元からもたらされた非造形的な灼熱する言葉なのです。

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ラスコーリニコフはソフィアに跪いたり、或いは大地に口付けしたりと隠然たる徳律の潜在性を披瀝しますが、これは道徳と言うものが、浅い新皮質の次元ではなく、脳の深層を構成する古皮質から生成されることを語っています。そしてラスコーリニコフの生理学的認識は様々な体験に練磨されて、以下のような真理の境地へとジンテーゼされます。
「……広場のまんなかまで行ったとき、突然、彼の内部にある衝動が起った。ある感覚が一時に彼を支配して、肉体も精神も――彼のすべてを捉えた。」(『罪と罰』)(注27)
この直後、彼は物見高いオーディエンスに深深とお辞儀をし、大地に額ずくのです。
「彼はこの新しい、全き充実した感覚を求めて突進した。その感覚は、一種の発作のようにふいに彼に襲いかかり、心のなかでぱっと火花をあげて燃えはじめ、急に炎のように彼のすべてを捉えた。すべてが一時に彼の内部で和らぎ、涙がはらはらとこぼれた。彼は立っているその場で、どうと大地へと倒れた。……
彼は広場の中央にひざまずいて、大地に頭をすりつけてお辞儀をし、快楽と幸福を味わいながらこの汚い大地にキスをした。」(注28) 
ここにおいてラスコーリニコフは清絶な情緒の弦が、冥感めいたものを奏でたのを感じたことでしょう。翻って、つまり道徳的感情とは新皮質(理性)によって、造形的に設計されるのではなく、古皮質から本然と内生してくるものなのです。つまり道徳というものは、主体造形的に明示化することもできなければ、ましてや利用したい時に常時アクセスことなど絶対に不可能ものなのです。当然、制御することも不可能でありましょう。英哲ヒュームは以下のように言っています。
「道徳性が理性の演繹によってのみ発見されると証することは無駄である。」(ヒューム『市民の国について』)(注29)
「道徳性は、判定されるというより、いっそう適切に感じられる。」(同上)(注30)
「道徳は行動や情念に影響を及ぼす。してみれば、道徳は理性からくることができない道理になる。」(同上)(注31)
 「理性は完全に無力であって、いかなる行動や情念も決して防止したり産出したりできない。」(同上)(注32)
「道徳は理性を喚起し、行動を産んだり防止したりする。しかるに、理性自身はこの点において無能である。」(同上)(注33)
総括いたしますと、ラスコーリニコフは情操の次元において道徳を理解しました、しかし言うまでもなくラスコーリニコフの荘厳な情操への覚醒は、ソフィアとの交流を介して開花したものであます。そしてソフィアはもはや伝統と慣習と一体になっていたロシア正教を忠実に信仰する女性です。大地と伝統に根差した無識(進歩的観念に毒されていない)の庶民の倫理が流入することでラスコーリニコフの衷心にどうとくが内生してきたのであります。豊穣な伝統・慣習に根差す無識の庶民と有機的な情交を疎通させることで。ですから道徳はロシアの伝統と慣習の土壌のにあった訳です。道徳は概念的な知識体系をいくら摂取し、蓄積しても身につけることはできないのです。
ラスコーリニコフは聖なるソフィアとの真率熾烈な弁証法によって、暗黒の深淵から崇高な気圏へとジンテーゼされましたが、これはレンブラントの絵画を鑑賞しているようです。

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